先月末「エッ、形而上学を、形而下で可能な実験によって検証できる?! これは驚き」と私は書いた。その後ネットを渉猟していて、むしろ、A physical discovery literally removes the cover of metaphysics. つまり「物理学的発見(physical discovery)は、形而上学(metaphysics)の覆い(cover)を取り外す」という様に思い直すキッカケを、或る論文から得た。
それは「カントの実験的⽅法再考–『純粋理性批判』第二版序文における「実験」の射程について」という論文。そこには、
カントが1788年に『純粋理性批判』第二版を出版した動機は、1543年にコペルニクス著『天体の回転について』が出版され、「地動説」が何百年にもわたる喧喧囂囂(けんけんごうごう)の議論を生んだことにある、というようなことが書いてある。実際、「コペルニクス的転換」という用語はカントの造語とのこと。
上掲した1953年初版発行岩波文庫『天体の回転について』の解説「コペルニクス説の反響」(132頁)には、
・・・これはたいしたものだと述べている人が幾らもいるのである。しかし概していえば、反対する人の方が多かった。前者は科学者であり、後者は宗教家または俗人であった。といっても科学者の全部が賛成したわけではない。中にはその説には賛成いたしかねるが、彼はプトレマイオス以来の天文学者だ、という誉め方をしている人もある。いや、こういう人がなかなか多い。宗教家または俗人はその学説を理解して反対したのではない。聖書の教えに反するといって頭から反対したのである。メランヒトンでもルーテルでもカルヴィンでも、みなそうである。これは、学問上の反対論ではないから取るに足りないのであるが、この学説の発展に対しては勿論大きな障碍になった。1615年にはとうとうこの書はローマ法王庁の禁書目録に載せられたのである。・・・とある。
1543年にコペルニクス著『天体の回転について』が出版され、1788年にカント著『純粋理性批判』第二版が出版された。その間約250年。その後の19世紀には、世俗的近代合理主義によるA secular age(世俗の時代)が始まった。
そして今、ベル不等式の破れが実験実証された。即ち、重ね合せ量子状態 |𝜓s⟩にある粒子1と粒子2が持つ可換物理量AとBに関し、演算子をAOpとBOpとして、その2粒子が遠く離れ離れになっても、量子相関⟨𝜓s│AOpBOp│𝜓s⟩ がゼロにならないこと、つまり、光速で伝わる相互作用では説明がつかない非局所相関(nonlocal correlation)があることが確実となった。spooky(不気味)で不思議な現象が確実となった。2022年にはノーベル物理学賞がアスペ、クラウザー、ツァイリンガーの3氏に授与され、新たな実験形而上学問題の議論が再び始まった。この議論が一応の決着を見るには、また250年くらいかかるのだろうか。しかし、それではいつまで経っても本格的なpost-secular(ポスト世俗)の時代が始まらないような…。
20251011追記:“physics discovers metaphysics”とGoogle Geminiに尋ねると、興味深い解説をしてくれる。玉石混淆だが一見の価値あり。
20251014追記:「聖」から「俗」へのシフトであったコペルニクス起点の実験形而上学的変革と、「俗」から「ポスト俗」へのシフトとなるだろうベル起点の実験形而上学的変革とでは、批判者と賛同者の構成が異なってくるのではないか。即ち、上掲「コペルニクス説の反響」抜粋にある様に、大まかにいって、コペルニクス起点の変革では、批判者は宗教家または(聖書記述をそのまま信じる当時の)俗人によって構成され、賛同者は科学者によって構成されたが、これから起きるだろうベル起点の変革ではこの関係が逆転し、批判者は科学者によって構成され、賛同者は宗教者によって構成されるのではないか。いや、さらに大胆に予想すれば、ベル起点の変革で建設的意見を持つ勢力は、科学者宗教者を問わず、不思議な現象の背景に「どういう原理があるのか」「何か理由があるのか」、気になって落ち着かない、解明せずにはいられない、とにかく「面白い」「楽しい」と思う性分の持主たちで構成されていくのではないか。
20251015追記:「ベル不等式の破れ」実証実験は通常、スピン角運動量を使って、|CHSH|<2ではなかった、という具合に説明される。これを含んで更に一般的な説明、即ち、正確ではないが大雑把に言えば「光速を越えて瞬時に伝わるかのように私達人間には見える量子相関」の説明を赤字で付記した。⟨𝜓s│AOpBOp│𝜓s⟩ は、物理量AとBの積の測定期待値を表すが、これが量子相関の表式となりうることは、清水明『新版 量子論の基礎』214頁220頁に説明されている。背理法を使って少し補足すると、「量子論的非局所相関が無い」且つ「光速で伝わる相互作用では同調が間にあわないほど離れ離れ」、つまり、何らの相関もあり得ないとき、物理量AとBがどちらもゼロをはさんで互いにバラバラの値をとり、結局、物理量AとBの積の測定期待値⟨𝜓s│AOpBOp│𝜓s⟩ がゼロになる。
20251018追記:上記にあった可換物理量AiとAiiとその演算子AiとAiiの表記を、可換物理量AとB、その演算子AOpとBOpに変更した。なお、可換物理量AとBは通常、「スピン角運動量の向き(↑、↓)」あるいは「軌道角運動量の方位角」のように同種にとることが多い。また可換であるから、⟨𝜓s│AOpBOp│𝜓s⟩=⟨𝜓s│BOpAOp│𝜓s⟩である。可換物理量AとBを、もつれ光子対が持つ軌道角運動量の方位角θとφとすると、⟨𝜓s│AOpBOp│𝜓s⟩=⟨𝜓s│BOpAOp│𝜓s⟩=cos(θ-φ)となる。この「量子相関=cos(θ-φ)」を実験で実証した論文「Imaging Bell-type nonlocal behavior」は、「スピン角運動量を使って|CHSH|<2ではないと実証する」論文よりも格段に分かりやすい。量子基礎論の学界でもっと採りあげてほしいと思い特記した。