clm.278:「安全安心」というfictionは、structural sinの一つ

日本対米国 3回裏日本2死二塁、吉田正の適時打で生還しベンチ前で笑顔を見せる坂本(撮影・河野匠)オリンピック、昨晩の野球「侍ジャパンが米国にサヨナラ勝ち!」は、今(午前四時、64歳は早起き!)ネットで知った。良かった!野球観戦好きな私としては嬉しい。しかし一方でコロナ禍の第五波が猛烈な勢いで襲ってきている。オリンピックをしている場合だろうか、なにか腑に落ちない。

…で少し考えた。オリンピックが「安全安心」というfictionのもとに行われているのではないか。そして、この「安全安心」というfiction、ここで紹介したstructural sin(社会構造による罪)の一つなのではないか。

つまり、現行の社会構造のもとに、コロナ禍の中オリンピックを強行しようとすれば、どうしても「安全安心」というfictionを必要としてしまうのではないか?

ひとつ、考えるヒントを書き残しておく。 sinとguiltの違いに着目する。すると、structural guilt(社会構造によるguilt、法律を犯す罪)というのは概念の定義上ありえないと分かる。なぜなら、人間の行為の(或る倫理学によって判断される)正当性(legitimacy)を規定するよう組み立てたものが「法律」であり、この様な「法律」を構成要素の一つとして組み立てたものが「社会構造」なのだから…。法律の中に「法律を破る行為を誘導する/強制する」法律が混じることはないと考えられる。

この「或る倫理学」の所にutilitarian ethics(効用主義倫理と私は訳す。功利主義倫理という和訳を私は使わない)を代入すると、この「社会構造」は「現行社会構造」となる。つまり、utilitarian ethicsが効用のあるものだけを是とし、「安全安心」というfictionというか嘘というか虚妄というか,,,を生み出しているのだろう。

問題の解決には、恐らく、コラム264で紹介したsalutary unrest(健全な不安)の気づきが鍵となるのではないか。則ち、コロナ禍でオリンピックをするのは、安全安心だからではなく、健全な不安と、そして希望があるからだという気がする。ただそれには、健全な不安という、効用をすぐには「売り」に出来ない「お荷物」の価値や善を認識する新たな価値観倫理観が必要になるはずだ…。マッ、早朝の頭の体操はここまでかな? (^o^)

早朝は、頭の回転に文章化スピードが追いつかないが、とにかく、「安全安心」を強弁する管首相が悪いのではなく、utilitarian ethics(効用主義倫理)のもとに組み立てられた現行社会構造が悪いのでは? そういう気がする。(^o^)

20210804追記:ネットで調べたところstructural guiltという用語使いは、案の定、見つけられなかった。ただ、structurally guiltyという副詞+形容詞が、BLM関連の記事で「黒人は、社会構造的に法律的罪の状態とされている」というように使われているのは見つけた。また、意味的にはconsciencious objection(良心的拒否)がstructural guilt(社会構造によるguilt)に近いかなとも思ったが、良心は社会構造がどうであろうと普遍的なものだから、「社会構造による」という部分は当てはまらない。従ってconsciencious objection(良心的拒否)とstructural guilt(社会構造によるguilt)は違う概念だとした方が良いと思う。

ピーマン豊作

右下にあるチビナス君は、長ナス達の影に隠れて今日までひっそりと出番を持っていた。で、特別出演。チビナス君、固くなった皮はピーラーでとって肉野菜炒めの中に入れて食べた。とても美味しかった。(^o^) さて、ピーマン達、どうやって食べようかな。

分科会2021#3 (7月17日) 開催通知および配付資料

日時2021年7月17日土曜日 13:30 ー 15:30
場所(東京都 新宿区 信濃町 33 -4 カトリック真生会館 1Fホール)
ZOOMによるオンライン勉強会を予定。参加を予定する方は私(齋藤)までお知らせ下さい。
テーマ教皇フランシスコの思想 新カテケーシス「この地上世界を癒すために」  英語版の精読
5.Solidarity and the virtue of faith、 6. Love and the common good

配付資料

clm.277:持ち家促進政策の終焉は間近か

前前々回コラムで、持ち家が帰属家賃という仮想的「生産」を行っているとする現行経済システムの虚事を批判したマッツカートの主張を紹介した。

その矢先、昨日(20210705)の日経新聞夕刊一面に、現行経済システムにおける景気刺激策の一つである「持ち家促進政策」が終焉を迎えているのではと思わせる記事が載った。(日経有料会員ならここからアクセスできる)

記事のポイント:
 2002年から2020年の約20年間で、住宅ローン返済世帯の収入は約5%の増加に留まっているが、住宅価格は約40%上昇した。結果、住宅ローン返済世帯が抱える負債が貯蓄を上回る「負債超過」の額が約20年間で4割増えた。また、日銀の低金利政策と政府の住宅ローン優遇税制などによって住宅ローン借入額が膨らんでおり、家計が長期的に抱えるリスクが増している。住宅ローンが老後の生活を圧迫する虞(おそ)れもありそうだ。

記事の注目部分(金融緩和策と住宅ローン減税):
 金融緩和策によって住宅ローン金利は歴史的な低水準にあり、借入のハードルが下がった。中でも変動金利は銀行の優遇策もあって年0.5%を切る金融機関も珍しくなくなっている。住宅金融支援機構の21年4月の調査では住宅ローンを借りた人の68%が変動金利を選択した。/ 一方、住宅ローン優遇税制では条件を満たせば当初10年間(消費税10%が適用される住宅では一定条件を満たせば13年間)、年末の借入残高の最大1%の税額控除が適用され、返済金利より減税額の方が大きい「逆ざや」状態になりやすいことも借入額の増加につながっている可能性がある。

私の感想:
 今、住宅ローンを組もうかと考えている若い世代に是非読んでもらいたい記事だ。かつて住宅ローンを組んだ熟年世代でも、定年退職しても住宅ローンを完済していないケースは増えている。こうした場合、ローンが残っている持ち家を「リバースモーゲージ」あるいは「セール&リースバック」して老後の生活資金を工面することが「既に」常態化している。アクチュアリー数学を駆使する金融機関が、総体的には「儲けにつながる」と見ているから成立している話であり、こういった老後資金工面方法ですら、いつ「終焉」を迎えるか分からない。上記の「住宅ローンが老後の生活を圧迫する虞(おそ)れ」は既に現実のものとなっている。若い世代は、こういった「現行経済システム崩壊の予震」に感度良くアンテナを張り巡らして、「住まう家」を決めていって欲しい。