量子論」タグアーカイブ

clm.307:自然数だけでなく実数全体が二乗値としてbeingしているのではないか

Not only natural numbers but all real numbers are squared beings in another universe? 

去年4月に、NHK「数学者は宇宙をつなげるか ー abc予想証明をめぐる数奇な物語」で左図を見た。それは「私達の宇宙では、…3,4,5,6…の様にexistしている自然数は、別の宇宙では、…9,16,25,36…の様に二乗値としてbeingしているのではないか」という問題提起。以来、私の頭から離れないのは「いや、そういった宇宙Bでは、自然数だけでなく実数全体が二乗値としてbeingしているのではないか」ということ。一年間以上頭から離れないので現時点でメモを残すことにした。・・・

・・・コラム255「量子論の公理系」で紹介したように、量子は、ヒルベルト空間内の複素ベクトルとして表される。ヒルベルト空間とは、{1} 内積が定義される、{2} 完備な、{3} 複素ベクトル空間のこと。ヒルベルト空間の元(element)は、x+iyの様に実数部と虚数部  (iは虚数単位、i2=-1) を持つ複素数で表される成分を持つ複素ベクトル。ヒルベルト空間には「実数で全容が表される存在」は無い。例えば長さ30.5センチ重さ56.9グラムのように全て実数で表されるa naive realityにいる私達には、「量子」の全貌を捉えることはできない。

しかし、ヒルベルト空間内の複素ベクトル  |φ>は、その大きさ || |φ>||が、以下の様に正の実数値として定義できる。またここでは詳しくは陳べないが、大きさ || |φ>||から導出される量は、公理3「Bornの確率規則」によって、測定値 akが得られる確率として実際に観測することが可能だ。

(厳密に言うと、量子を表す複素ベクトルを顕(あら)わに数式で表すことは出来ない。一般的には、さまざまな複素関数を使って「波動関数」をつくり出し「量子の表式」として使うことが多いが、その様な「波動関数」は「量子」の全貌を捉えたものではない。a naive realityにいる私達には「量子」の全貌を捉えることはできない。以下の表式も、あくまで便宜的なものだ。)

|φ>の成分を x1+iy1, x2+iy2, ・・・xn + iyn   として
自分自身との内積 = <φ|φ> = (x1-iy1)(x1+iy1)+(x2-iy2)(x2+iy2)+・・・+(xn – iyn)(xn + iyn)
                                               = x12+y12+x22+y22+ ・・・+xn2+yn2 
大きさ = <φ|φ> の平方根 = (x12+y12+x22+y22+ ・・・+xn2+yn2 ) の平方根

ここでは、複素数 x+iy にその共役複素数 x-iyを掛け算し、(x-iy)(x+iy) = x2 – i2y2 = x2 + y2 と、正の実数値となる点に注意したい。

つまりここが肝腎なところだが、「実数で全容が表される存在」が無いヒルベルト空間に、複素ベクトルの「大きさ」という正の実数値で表せる量を、a naive realityにいる私達は見いだすことが出来る。

私達がいると感じているa naive realityの、一つ外側の高次空間であるヒルベルト空間には、自然数だけでなく実数全体が二乗値としてbeingしているのではないか、と考える所以。

6月のQuantum 2.0に、アスペとクラウザーがキーノート予定。

速報! 今年6月、二年ぶりで開催されるQuantum 2.0学会に、アスペとクラウザーがKeynote speakerとして登壇する。去年秋、彼らがノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しい。

in person and virtual開催。私のような退職者にはデンバーまで出向くのはチト難しい。オンライン参加で、我慢しよう。(^o^)

economic substanceとinformal economy

先の、substance(本質)とform(形)のイメージ図は、下図のイメージに繫がる。肝心なことを書き忘れていた。(^_^;)

※)注意点:形骸化したformal economy、drugやtraffic exchangeを扱うinformal economy、これらはeconomic substanceを持たないだろう。形而下界に現れたeconomyが全て、economic substanceを持つわけではない。

20220908追記)「form(形)があってもsubstance(本質)がないものがある」「form(形)がなくてもsubstance(本質)があるものがある」と気付くことが要点。

20220924追記)from it to bit. それは量子論の潮流でもある。

clm.302:覆いの下のrealityをのぞき見る

無冠詞realityとは何か。物理学者が一般向けに解説したテキストの出版が続いている。ペンローズ、ロベッリ、グリーン・・・。その中でもこの本、Ten Keys to Reality『仮題:realityへの10個の鍵』は、著者・内容共に「白眉」かもしれない。

2004年ノーベル物理学賞を受賞し、2008年には形而上界での存在(being)を論じたThe Lightness of Being『物質の全ては光』を出版したフランク・ウィルチェックが、2021年1月に出版したこの本は、小さい頃はカトリック教育を受けたという彼の生い立ちも相まってか、宗教と科学のバランスがとても良いように私は感じる。

現に、「宗教におけるノーベル賞」と言われるテンプルトン賞を、2022年5月に受賞した。

受賞を記念してL.A.Times誌がこの5月にインタビューした記事を見つけた。本の内容を垣間見るには絶好と思うので半訳した。宜しかったらご覧下さい。

分科会2022#1 (3月19日) 開催通知および配付資料

日時2022年3月19日土曜日 13:30 ー 15:30
場所(東京都 新宿区 信濃町 33 -4 カトリック真生会館 1Fホール)
ZOOMによるオンライン勉強会を予定。参加を予定する方は私(齋藤)までお知らせ下さい。
テーマ peopleとは何か

配付資料

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神と人間との協働

コラム288「a co-produced naive reality」と似た考え方を見つけたのでメモしておく。

それは、神と人間との協働。一昨年フランシスコ教皇によって列聖されたジョン・ヘンリー・ニューマン(1801-1890)の信条を表すことば。

詳しくは、~ARCHIVESの資料・グラフにアップした記事を読んで頂きたいが、私なりに要約すると:

ニューマンが生きた19世紀西洋は、a secular age(世俗の時代)が次第に隆盛となっていく時期。salvation(救済)に必要なのは、①人間のthe world(この地上世界)における努力だとするペラギウス的考え方と、②人間は根本的に堕落しているので、神の恩寵に頼るしか道は残されていないというジャンセニズム的考え方との、二つがするどく対立しはじめた。

こうした中ニューマンは、独自の第三の考え方を開いた。つまり、③神の恩寵に信頼しつつも人間の自由意志で出来うる限りの努力を積み重ねることが重要だと考えた。神と人間との協働。

この考え方、コラム288「a co-produced naive reality」で示した考え方と似ている…。

分科会2021#5 (11月20日) 開催通知および配付資料

日時2021年11月20日土曜日 13:30 ー 15:30
場所(東京都 新宿区 信濃町 33 -4 カトリック真生会館 1Fホール)
ZOOMによるオンライン勉強会を予定。参加を予定する方は私(齋藤)までお知らせ下さい。
テーマ教皇フランシスコの思想 新カテケーシス「この地上世界を癒すために」  英語版の精読
9. Preparing the future together with Jesus who saves and heals

配付資料

QIM VI(量子情報計測 第6回)古澤明氏講演

OPTICA(旧名OSA、米国光学学会)主催、QIM (量子情報計測)第6回が、オンラインで11月1日から5日開催されている。古澤明氏の講演:「量子テレポーテーションによる大規模量子コンピューティング」11月2日20:00-21:20(日本時間)を聴講した。

Time-domain multiplexed one-way quantum computation is a method to overcome the problem of scalability of quantum computers. I will talk about the recent progress toward the realization of large-scale fault-tolerant universal quantum computers.

訳:時間領域多重の一方向量子計算は、量子コンピュータのスケイラビリティー問題を解決するための一手法である。誤り耐性のある大規模汎用量子コンピュータの実現に向けて、最近の研究成果を報告する。

・・・実用的な量子コンピュータの原理が完成し、実験実証が間近だと感じた。

研究成果をまとめた、言わば「光の量子コンピュータ教科書」が『Optical Quantum Computers — A Route to Practical Continuous Variable Quantum Information Processing』として近々AIP Publishingから出版されるとのこと。待ち遠しい!

clm.290:『サイエンス炎上』

Harvard UPから興味をそそる本が出ていることを見つけた。Science under Fire(サイエンス炎上)、Andrew Jewett著、2020年12月刊。買おうかどうか迷っている。とりあえず、descriptionを半訳しておく。


科学専門家や科学エリートに対する猜疑心をアメリカ人は長年にわたり持っている。即ち、科学がアメリカ文化を破壊する力を持っていると多くのアメリカ人が今も昔も感じている。理由は何か? 本書は新たな歴史観で説明する。

科学が権威を持つこと自体あり得ないと感じているアメリカ人は少なくない。保守派の多くは、気候変動とダーウィニズムをリベラルなフィクションであるとして却下し、”tenured radicals“(終身在職権を得た急進派の大学教授達)が保身のために科学や関連分野を取り込んでいるだけだと主張している。一方の進歩派、特に大学関係の進歩派には、科学を客観的中立的だと礼賛する者は、実はその人が持つヨーロッパ中心主義と家父長制価値観への愛着をただ覆い隠しているだけではないか、と懸念する意見もある。気候変動の含意と、バイオテクノロジーからロボット工学はたまたコンピューティングまでの分野における華々しい技術革新との対比を考察するためには、科学が持つ権威が、どのように機能するのか、今までどこで政治と文化の障壁に衝突してきたのか、理解することが極めて重要だ。

本書Science under Fire(サイエンス炎上)は、the United Statesにおいて科学がその文化にどの様な影響をもたらしたのかをめぐる論戦の模様を一世紀にわたって再構築する。そして著者Andrew Jewettは、或る批判の永続流が存在することを顕わにする。即ち、中立の覆いをまとった科学者達が誤った社会哲学をthe nationの血流に注入した、とする批判の永続流があることを明らかにする。この嫌疑は様々な形をとる。社会的、政治的、神学的見解の幅広い範囲に様々な批判となって現れてきた。しかしその全てに共通しているのは、或る種のイデオロギーに歩み寄った科学が一連の病的社会状況を生み出したという主張だ。 科学に関するこの様な嫌疑が、1920年代以降のアメリカの政治と文化の中に、様々な形をとりながらどの様に発展し爪痕を残したのか、Jewettはその航跡を追う。そして科学に関するこの様な嫌疑が、今も昔もアメリカの政治と文化における主要な力であることを示す。

科学をめぐる論争の現在の様相を見てJewettは、citizens and leadersがとるべき議論の方向を示す。即ち科学は、一方では純粋で価値中立的な知識形態だとする素朴なイメージがあり、他方では科学者達が主張する真実を装った単なるイデオロギーだとする見解があるが、その中間に議論の方向をとるべきだとJewettは考えている。