clm.272:マッツカート著『全てにそれぞれ価値がある』

コラム260で「教皇、新経済学の指南役に二人の女性経済学者を推挙」と書いた。ケイト・ラワースとマリアナ・マッツカート。ラワースについては、著書「Doughnut Economics」の和訳本「ドーナツ経済学が世界を救う」も出ていて日本でも良く知られている。しかし、マッツカートについてはあまり知られていない。彼女について教皇はこういっている。(ロンドン大学記事2020年11月30日

The Pope also states that Mazzucato’s The Value of Everything “provoked a lot of reflection” within him as the book issues a direct challenge to the wealth creators of our world, urging them to reprioritise ‘value’ over ‘price’. In other words, ‘taking’ wealth is not the same as ‘making’ wealth, and the world has lost sight of what value really means.

半訳:マッツカート著『全てにそれぞれ価値がある』(2018年9月発刊)は多くの省察を「私(フランシスコ教皇)の中に呼び起こしました」。例えばこの本は、この地上世界の富の創造者達に挑戦状を突き付けています。彼らに「価額(price)」よりも「価値(value)」を優先するよう迫っています。言い換えればこの地上世界では、富(wealth)を取得(take)することは富を生成(make)することと同じではない。則ち、この地上世界は価値(value)の本当の意味を見失っています。

ロンドン大学記事の説明は続く:

The impact of Professor Mazzucato’s work on the Pope’s thinking on the most effective ways to construct a more equitable economy post-COVID was demonstrated earlier this year when the Pope invited her to sit on the Vatican COVID-19 Commission’s Economy Taskforce. She formed a group within IIPP, led by PhD student Asker Voldsgaard, tasked with preparing briefings for the Pope and the Vatican Directorate on key aspects of the economic response to COVID-19 ahead of the Pope’s weekly speeches. The Vatican and IIPP are currently working to their broaden relationship beyond the Taskforce to include work in the areas of public health, executive education and the Common Good.

半訳:マッツカート教授のこの著作(2018年9月発刊)は教皇に衝撃を与えた。そして、コロナ後のa more equitable economy(より衡平な経済)を最も効率的に構築する諸策に関する教皇の考えが、2020年前半に、マッツカート臨席のthe Vatican COVID-19 Commission’s Economy Taskforceにおいて披露された。彼女(マッツカート)は自身が2017年から所長を務めるIIPP(ロンドン大学)において或る研究グループを持っている。その研究グループが、2020年8月9月に行われた教皇の一般謁見講話「新カテケーシス、この地上世界を癒すために」に向けて、教皇と、「コロナ後の新たな経済に関する主要観点」バチカン理事会とに、報告書を事前に提出していた。またバチカンとIIPP(ロンドン大学)は現在、先のTaskforceよりも範囲を拡大した分野:公衆衛生、経営者教育、the Common Good、で関係を強め共同研究を行っている。

・・・ということで、このマッツカート著『全てにそれぞれ価値がある』(2018年9月発刊)が、教皇提唱の「新たな社会経済システム」の主要部分を成すことが分かる。そしてこの本に81回も頻出するのが、production boundary(生産境界)という現行経済学に特有な専門用語であり、それが現行経済システムの「病根」だというのが、本書の趣旨

次回コラムは、production boundary(生産境界)について説明する予定。少し予告編を流すと…。

production boundary(生産境界)とは、先ず前提に、価値を生む生産と生まない生産を区別できるという考え方がある。その上で、或る生産が或る経済システムにおいて、或る定義によって定義される付加価値(added value)を生む生産か、それとも生まない生産かを区別する。そしてこの様に区別された価値を生む生産を、改めて「経済的生産」あるいは単に「生産」と呼ぶ。例えば現行経済システムにおいては、或る人が自分の家族のために食事をつくるのは「生産」ではないが、その人がどこかの料理店で販売用の食事をつくれば「生産」とみなす。同様に、或る人が自宅で子供を子育てしても「生産」ではないが、その人がたまたま保育士でどこかの保育園で子供を保育(子育て)すればそれは「生産」とみなされるといった具合。

これら認められた「生産」だけが、所謂GDP(国内総生産 gross domestic product)に組み込まれるというのが、現行経済システムにおけるproduction boundary(生産境界)の考え方。…次回、請うご期待。

20210518追記:全てのそれぞれの価値を認める新たな経済は、自然に、公平性(equality)だけを重視した経済ではなく衡平性(equity)も重視した経済、則ち、より衡平な経済(a more equitable economyになる、と気づいた。理由は、二つ前の段落をよく読んで頂ければお分かりと思う。コラム252:価値の可測性、virtueとutility、も参考にされたい。

20210519追記:教皇提唱の「新たな社会経済システム」の制度設計方針の一つを:
   Everything is interconnected.  So, everything has the value.
   全ては相互接続されている。従って、全てはそれぞれに価値を持つ。
としたら良いのではと思った。
教皇が良く使う二重否定文で言えば、
   Nothing has no value! 価値のないものはない!
といったところだろうか。

20210522追記:物理屋の表現としては、
   Everything is interconnected.  So, everything has the correlated value.
   全てはinterconnectされている。従って、全ては相関的な価値を持つ。
のほうがシックリくる。